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水の鍵
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三階の裏表②
302  粟井 洋平

死ぬしかない、と結論を出してから一時間が過ぎた。
 見上げれば梁から吊るしたロープが揺れている。見ているとそのまま眠りに落ちそうな動きだけど、僕が今から落ちるのは、目覚めることのない永遠の眠りだった。
 死ぬしかない。結論に到るまでは早かったけれど、いざ実行しようとすると、途端に怖くなって躊躇った。本当は死にたくなんかないのだ。
 だけど、もうどうしようもない……。
 僕は目の前に置かれた紙を開き、もう何度目になるか分からない確認を繰り返す。借用書と書かれた薄い紙の保証人の欄には、紛う方なく僕の名前が記されていた。
 額にして、三百万円。世間一般では大した額ではないのかも知れないけれど、一介の学生の身としては絶望的な金額だ。また、無理をすれば都合のつかない額ではないという所が更に悪かった。両親を早くに亡くした僕は父方の祖父母に育てられたが、彼らは本当のお人好しなので、僕が困っていると知れば、家を売ってでも都合をつけてくれるだろうことは目に見えていたからだ。今まで散々お世話になっておいて、年金暮らしの彼らにそんなことはさせられない。
 そもそもは、人を見る目が無かった僕が悪いのだ。僕が死ぬことで彼らは悲しむだろうけれど、生きてこれからかける迷惑に比べればマシだと思う。貸主が典型的な闇金融の会社なので、下手をすれば余生分の財産まで身包み剥がされるかもしれないのだ。元々借りたのは友人なので、僕が死ねば彼らには被害は及ばない筈だ。
 今まで散々確認してきた事柄を逡巡しながら、僕は覚悟を決めてゴクリと生唾を飲み込んだ。台代わりになるものを探して、手近にあった好きだった推理小説の雑誌を積み重ねる。上に立つと、死が目の前にぶら下がっているという恐怖よりも、本を踏んでいるという背徳感の方が先に立って、何だか可笑しかった。
 ロープに手をかけ、頭を入れて、重心を前に傾ける。細くやんわりと首に圧迫感を感じて、ようやくボンヤリとした頭に強烈な現実感が圧し掛かり、踏み出しかけた足が思わず止まった。
 本当にいいのか? もう後戻りは出来ないぞ?
 冷静な悪魔が囁いて、僕の中にまた不安が擡げてくる。
首吊りはすぐに死ねる訳じゃない、きっと苦しいんだろうな……顔もむくんで酷いことになるって言うし、失禁もしてしまって見るに耐えない状況になるって聞いた。最後の最後にそれは嫌だな……今からでも別の方法に切り替えようか?
 いや、ここで止めたら僕はきっと自殺する気をなくしてしまうだろう。こういうのは勢いが大事だ、あともう一歩踏み出すだけじゃないか。どうせどんな死に方しても最後は汚いものなんだ、ここまで来て止めてどうする。
 でも、じゃあせめてこうやって思い留まることがないように、一息で一気に死ねる方法に変えようか? しかしどういう死に方にしても、結局最後の一歩を踏み出す瞬間は来る訳で、だったらここで死ぬのが一番……
 巡る思いは二転三転しながらも同じ所で足踏みを続け、本当に最後の最後まで優柔不断で、自分でもどうしようもないなと笑えてしまう。こんな僕だから、あっさり友人に騙されて死ぬ羽目に陥ってしまっているのだろうが。
 ……もういいか。今までありがとう。さようなら。
 ようやく諦めともつかない踏ん切りをつけ、宙に身体を投げ出そうとしたまさにその時、何というタイミングの悪さだろうか、玄関の間抜けなチャイムが鳴った。
 勢いを殺がれて、僕は大きく息を吐いて本から降りた。無視してしまうべきだったのだろうけれど、死ぬ間際に心残りを残してしまうのはやっぱり嫌だ。
「はい、どちら様ですか?」
 インターホンなんて高級な物はないので、当然ドアを開ける。と同時に、僕の視界は反転した。
「ヨウちゃん! 会いたかった!」
 言いながら、飛び込んできたのはブランド物の香り。それにいきなり抱きつかれて、僕は床に仰向けに押し倒されたのだ。
「……どちら様ですか?」
 目を白黒させながら訊くと、彼女は上気させた頬を赤らめながら言った。
「あ、ゴメンね、私ったら。ヨウちゃんに会えたのが嬉しくって。私、アヤコよ」
 アヤコ、アヤコ……僕は必死に自分の記憶を手繰ってみたが、生憎全く思い出せない。僕のことをヨウちゃんなんて親しげに呼ぶ女性がいただろうか?
「ずっとずっと、会いたいと思ってた……私もう、ヨウちゃん無しじゃ生きていけないの」
 しかし、潤んだ瞳で僕を見つめる彼女に向かって、記憶に無いとはまさか言えない。『ずっと会いたいと思ってた』ということは、かなり昔の知り合いだろうか?
 と、曖昧に微笑みを返しながら推察を巡らせていると、続けて彼女は驚くべきことを言った。
「だから、お願いだから死ぬなんて言わないで。お金なら私が何とかするから……貯金を下ろせば三百万ぐらいにはなるから。私と一緒に生きて、お願い!」
「!? どうしてその事を知って……?」
「? 友達に騙されたって言ってたじゃない。ヨウちゃん優しいから……私、陰でずっと心配してたのよ?」
 勿論、僕は誰にも借金や自殺のことなんて話していない。独り言ぐらいは言ったかも知れないけど……まさか。
 まさか彼女……ストーカー、とかいう奴なのか?
 自分にそんな魅力があるとは思えないが、それぐらいしか考えられない。それなら僕の記憶にないのも頷ける。
……しかし、もしそうだったとしても。はたまた、ただの運命のイタズラだったにしても。
「……分かったよ、考え直してみる。試しに君と生きてみるのも……悪くないかも知れない」
 別に、金に釣られた訳じゃない。ここまで真っ直ぐに好意を向けられて、それを無視出来るほど僕は強い人間じゃないのだ。
 出会いは突然に、と言うけれど、本当に何だか彼女のことが好きになってしまうような気がした。

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Author:花(かざはな)
不健康優良児を自覚する、心配性の楽天家。暇があれば趣味の小説をちまちま書いている。
座右の銘は『他力本願』。

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