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水の鍵
毎日は絶対に無理なので、せめて毎週更新はしていこうと思います! 更新は不定期ですが、大体休日。心優しい皆様はお付き合いくださいっ☆&リンクもコメントも大募集中!
花一匁
そこは、街から切り離されたようにあたたかだった。
世間も忙しなくなる師走、街には人が溢れているというのに、街角には木枯らしが吹き抜けていて寒い。太陽も今回ばかりは北風に軍配を上げたようで、私はコートの裾が翻るのを押さえながら、足早に人波に流されていた。
その場でふと足を止めたのは、特に他意があった訳ではない。
細い階段に入る人影につられて視線を上げると、今まで気付かなかった建物の二階部分に、ガラス張りの小奇麗なテナントがあった。遠慮がちに出された看板によると、絵画の個人ギャラリーをやっているらしい。
何かに惹かれるように、迷わず足を向けた。打ちっ放しの階段で、寒さを後ろに置いてくる。
ドアを開けた途端、広がったのは光の楽園だった。
あたたかい、と思った。暖房による物理的な暖かさもそうだが、それより何より、作品がギャラリーと一体になって、ほんわりとあたたかな空気を作り上げている。
和む、というのとはまた違う。懐かしいような、心安らぐような、心の底辺を攫われるようなあたたかさ。観ているだけで、自然と頬がほころんでくる。美術に全く縁の無い私でも心動かされるような、ある種の感動をもたらす絵の数々だった。
ひとしきり温もりを堪能した後で、私は慌てて受付でパンフレットを求める。そこに記されていたのは聞いたこともない名前の作者だったが、一部で圧倒的人気を誇っているらしい。私はその名前をしっかり頭に刻み付けた。
しかるべき衝動を済ませた後で、私はもう一度、絵の前に立ち返る。作品数はそう多くないが、何度観ても、心に直接染み込んでくる何かがある。私はしばらく、時間を忘れて温もりに身を浸していた。
そうしている中で、ある絵が私を惹きつけた。
『花一匁』と題された小ぶりのその絵は、作者の初期の頃の作品らしく、他のどれよりも瑞々しいタッチで描かれていた。題材は、夕焼けが暮れる直前の公園。題名に反してその中には人っ子一人描かれていない。
それなのに、私はその画板の中に、跳ね回るような少女の姿を確かに見た。置き忘れられたランドセルからの想像だろうか、少女は一人で、しかし楽しそうに花一匁をやっている。どこにも姿は描かれていないのに、何故かくっきりと、そのイメージが私の頭の中に再現されていた。
「女の子が、見えましたか?」
不意に声をかけられ、私は緊張して声の方を向いた。
青年と呼ぶべき容姿の、落ち着いた男性。私はすぐに、彼がこの絵の作者である人だと分かった。
「はい。おかっぱ頭にリボンを結んだ、可愛い女の子です。」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「貴女にも見えましたか。よかった、僕の感性もまだ鈍っちゃいないようですね。」
「貴方はその女の子のことが、好きだったんじゃないんですか?」
「さぁ、どうだろう。あの頃の自分に、そんな余裕があったようには思えないんだけどなぁ。」
彼は昔を懐かしむように、優しい遠い目をしていた。
再び画面に立ち戻る。少女は、夕焼けに負けないように高々と声を張り上げながら、転んでしまうんじゃないかと心配するぐらいに弾みをつけて、とても楽しそうに花一匁を謳い上げていた。
どうして一人ぼっちなんだろう、と思っていると、彼が呆けたように声を出す。
「眼のクリッとしたね、可愛い子だったんです。僕が絵を描いていた公園に、いつも一人でやってきて。『どうして一人で遊んでるの?』って訊くと、『一人じゃないよ。』って答えるんです。僕がその答えに戸惑っていると、一人でまた好きに遊び始めて。箪笥、長持、どの子が欲しい…って。」
「きっと、一人じゃなかったんですよ。」
聞きながら、気が付いた。画面の中にいる少女は一人でも、画面のこちら側に、もう一人の人間がいたのだということに。
しかし彼は、私の言った意味がよく分からなかったのだろうか、曖昧に微笑んで首を傾げている。
「そういえば、ご存知ですか。花一匁って、本当は悲しい詩なんです。」
「あぁ、聞いたことはありますよ。娘売りの話だとか…」
子供は無邪気に歌いますけど、と言う彼に、私は緩やかに頭を振った。
「この女の子も、実はそうだったのかも知れませんよ。」
暗くなるまで、少女は謳う。家に帰るのが嫌だったから。寂しさを紛らわせる為に、大きな声で元気に謳う。
公園にいる間、少女は幸せだった。楽しくて仕方がなかった。今日も、いつものあの人に会えるから――
「…貴女は、不思議な人ですね。」
「想像力が豊かなんですよ。」
彼に微笑んで見せたとき、後ろから「先生ーっ。」と明るい声が掛かった。
「そろそろお時間なので、支度の方、宜しくお願いします。画壇の方とのお食事会です。」
「あぁ、分かったよ。…それでは、僕はこれで失礼します。」
どうぞゆっくり楽しんでいって下さい、と軽く会釈して、彼はゆったりとギャラリーを後にした。
軽く会釈を返してから、私は駆け込んできた若い女性に声をかける。
「久しぶり。元気そうにやってるじゃない。」
「えっ…もしかして、貴女なの!?うそ、凄い偶然!!」
相変わらずのどんぐり眼の彼女は、心底驚いた表情で、親愛の情を込めた調子で言った。
「高校以来かしら。わー、懐かしいな、その顔。」
「お生憎。今は、あの先生の助手をやってるの?」
「うん。助手っていうか、お手伝いだけど。あの人、絵は凄くいいんだけど、生活感に欠けるから。その方面をちょっと、ね。」
「よかったわね。」
私が言うと、彼女は照れたように笑って見せた。
「それじゃ、私ももう行かなくちゃいけないから。また、会って食事でもしようね。」
「そうね。それじゃ、お幸せに。」
「うん、ありがと!」
大きく手を振りながら駆け去る彼女の薬指には、瞬く銀色がしっかりと嵌っていた。
やれやれ、と息を吐いて、私はコートの前を掻き合わせる。外の寒さはすっかり和らいだようだった。

<Fin>
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この記事に対するコメント
どもども!
仕事で忙しくて遊びにこれないうちに、色々と更新されてたんですね~!!
まずは短編小説から拝見しました♪♪
他の作品もまたじ~っくり見させてもらいますね~☆★☆
【2007/11/26 15:21】 URL | kiki #/cJQ1HH. [ 編集]


>kikiさん
着々と更新中だったのですw
今作品、イメージは国語のテストに出てくるような純文学、です♪
そのため、やたらと遠回しな表現が多いのですが…読み込めばかなり深い作品だと思います。
現在連載中のは、かなり異色な軽~い物語なので、また視点を変えてお楽しみ下さい♪
【2007/12/01 09:14】 URL | 花 #- [ 編集]

これいいなぁ
ものすごく意味深な作品ですねぇ。
その絵画、花さんの描写を読んでいると、僕にも少女の姿が見えるような気がしました。
その子、今はどうしているんだろうな……
て、思っていたら、、、
あああ、
後半で出てきた助手にして級友の彼女!!!
え?
えええ?
あの、そういうこと???
うがぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁああああ気になる!!!!
【2007/12/01 21:52】 URL | 楓 #u2lyCPR2 [ 編集]


>楓さん
意味深?うふふ、何せ楓さんお得意の読解系作品ですからw
どんぐり眼の助手の彼女?左手の薬指の銀色?旧友?
少女が一人でいた理由も、何もかも、深く一つのワンピースです♪
むはは、してやったりだw
【2007/12/09 11:15】 URL | 花 #- [ 編集]

お久しぶりです。
受験が一段落したんできてみました。短編から失礼しますね。
いやぁ、うまいなぁ。柔らかいんだけど、どこか淋しい文ですね。でも、本当はやっぱり暖かくて。うん、すごい。
またきますね。でわでわ~。
【2008/03/07 17:59】 URL | 天猫 #- [ 編集]


>天猫さん
お久しぶりですー!!(嬉
…と言いつつ、花の方が皆さんからご無沙汰している昨今なんですけど;;
受験一段落したんですね、とにかくおめでとうございます!何より、お疲れ様でした!
花も今年はそうなる予定なので…ウーン、今からお先真っ暗ですが(-_-;)

今作は、花には珍しく『純文学』をイメージして書いたものです♪
なので直感派や理論派というよりも、技巧的な感じ。感傷的なときしか書けませんw
暖かいけど淋しいですよねー。ホント、芯突いてるなぁ;;
【2008/03/16 00:03】 URL | 花 #- [ 編集]


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花(かざはな)

Author:花(かざはな)
不健康優良児を自覚する、心配性の楽天家。暇があれば趣味の小説をちまちま書いている。
座右の銘は『他力本願』。

*当ブログ掲載の小説関連の権利は、全て花に帰属します。
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